築地活版の広告に誤植発見――もうひとつの「君が代」
2000年3月10日制作 10月3日追記

こんな雑文でも一応著作権法で守られています。無断転載はしないでください。

 


図1 明治32年発行の「印刷雑誌」第九巻九号に載っていた築地活版所の広告

 先日、印刷史研究家の府川充男さんに第一期「印刷雑誌」の複写を見せていただいていて、面白いものを発見しました。
 図1は明治32年発行の「印刷雑誌」第九巻九号に載っていた築地活版所の広告です。
 「君が代」なのですが「こけのむすまで」の後に「うごきなく……」と続き、僕の知っている「君が代」よりも歌詞が長く、しかも二番まであります。
 これが何なのかは後で書きますが、変なのは印を付けた文字です。


図2 図1の部分拡大図

 図2はそれを拡大したものです。
 2行目は「いわほとなりて」で「ほ」と読まなくてはなりませんがこれでは「ふ(不)」です。歌詞の最終行をそのまま読むと「ふぎ(不義)たてまつる」と読めます。


図3 書道字典に載っている「ほ(本)」

 「ほ(本)」の変体仮名は図3のようになります。「ほ(本)」と「ふ(不)」を間違えていたのは、図1下段の「いろは」を見れば明白です。明治32年ごろには人々はまともに変体仮名を読めなくなっていたのでしょうか。
ところでこの「君が代」は「もうひとつの君が代」といわれているもので、明治14年の音楽教科書「小學唱歌集初編」に載っているものだそうです。
こちらをご覧ください。
 「もうひとつの君が代」は定着せず、文部省は明治26年に現行の「君が代」を用いるように告示したそうですが、なぜ明治32年に築地活版所がこの歌詞を使ったのでしょうか。


図4 『江戸かな古文書入門』9ページ

追記(2000年10月3日)

 ところが,先日『江戸かな古文書入門』(吉田豊著,柏書房)という本の「往来物を読む」を読んでいてハッとしました。
 そのハッとしたページが左の図4です。


図5 「本」の草書に築地活版所の広告と同じ「本」の変体仮名が振られている

 図4の丸印の部分を拡大したものが,左の図5です。
 なんと,「本」という字の正しくくずした草書に,以前僕が「誤字ではないか」と言った「ほ(本)」がルビとして使われているではありませんか。


図6 『新編古文書解読字典』「変体仮名用例一覧」より

 さっそく図書館に飛んでいき,『新編古文書解読字典』(林秀夫監修,柏書房)の「変体仮名用例一覧」を見ると,図6のように僕が誤字だと思った文字が載っているではありませんか。2番目の文字など築地活版所の広告とそっくりです。

 その他何種類か古文書の書籍を調べてみると,このようなくずしかたの「ほ(本)」は江戸時代は一般的だったようです。
 少なくとも明治32年までは「江戸かな」が生きていたんですね。

 こうなっては自分の無知を恥じるばかりですが,「書道字典」には江戸の文字は載っていないのですね。
恥をかいたけど,いい勉強になりました。

ところで,江戸の往来物というのは,筆脈が独特です。書道で習う行草書は収筆を下に払い,下へ下へとつながって行くのですが,江戸の字は収筆が上の方へ行ってから次の文字を書くため,組版でいう食い込み詰めのような様相をしています。なんとも不思議な代物です。


図2 築地活版所の広告の部分拡大図
戻る